高松高等裁判所 昭和30年(う)562号 判決 1960年3月09日
被告人 菅正三郎 外八名
主文
被告人菅正三郎、同西村良夫に対する検察官並びに右被告人両名の本件各控訴はいずれも棄却する。
被告人山中彬正外六名に対する原判決中被告人山中彬正、同高橋竜雄、同渡辺俊一、同樫谷愿、同式地俊郎、同岡山雅利に関する部分を破棄する。
被告人山中彬正、同樫谷愿を各罰金七千円に、被告人渡辺俊一、同高橋竜雄同式地俊郎を各罰金五千円に、被告人岡山雅利を罰金三千円に各処する。
右被告人山中彬正等六名において右各罰金を完納できないときはいずれも金二百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
原審竝びに当審の訴訟費用は別紙訴訟費用負担表のとおり各被告人の負担とする。
理由
被告人菅正三郎に対する事実誤認(昭和三〇年四月二五日言渡の被告人菅正三郎に対する判決書記載の事実―以下この判決を第二原判決と略称する)並びに被告人山中彬正の被害者佐藤三代男関係の事実誤認(昭和三〇年四月二三日言渡の被告人山中彬正外六名に対する判決書第一の二記載の事実―以下この判決を第一原判決と略称する)の論旨について―小林弁護人の控訴趣意書第一点の一、第一点の二の第一、岡林弁護人の控訴趣意書第一の一、二、三、四、被告人菅正三郎、同山中彬正の各控訴趣意書記載の各論旨について
然し記録を精査し、検討するに第一、二原判決挙示の証拠、特に原審併合前第六回公判調書中の証人佐藤三代男、同谷脇美樹の各供述調書、原審の証人坂本道男同宮川和の各証人尋問調書、検察官作成の市川好一(昭和二七年一一月八日附)、樫谷愿(同日附)、山中彬正(同日附)、菅正三郎(同月一三日附)の各供述調書並びに司法警察員作成の菅正三郎の供述調書によれば右事実は優に肯認し得られる。即ち右証拠によれば佐藤三代男は被告人菅正三郎、同山中彬正の間に右足を入れ、身体は被告人山中彬正の方に斜に向いた体勢で電磁制禦函の開戸を開け、同函内のスイッチの操作をしようとしたとき被告人菅正三郎が右佐藤三代男の背後から両手で同人を抱くような恰好で同人の両肘附近を押え持上げるが如くしてその自由を失わせ、その身体を半ば廻しつつ右制禦函から遠ざけ、又これと同時に被告人山中彬正は左手で佐藤三代男の腹部あたりを押して右制禦函から引きはなし、その為佐藤三代男は制禦函に背を向けるような体勢になり、スイッチの操作が不可能となつたことが認められるのであつて、その後同人は被告人菅正三郎から十分程でストは解除になる旨聞き、強いて操業しようとする態度はとらなかつたとしても右は正しく有形力を行使して会社の命を受け既に着手した佐藤三代男のスイッチを入れ発電しようとする業務を妨害したもので、右事実は当審の証人谷脇美樹、同佐藤三代男、同山本善俊の供述調書に徴しても明らかであり弁護人主張の如くピケッテング維持(ピケが適法か否かは別として)の為めの説得行為或は説得の余裕を得る為の自救行為と認める余地はない。他に記録を検討し、又当審で取調べた証拠を検討するも右認定を左右することはできない。この点についての論旨は理由がない。
被告人山中彬正の被害者谷脇美樹関係の事実誤認(第二原判決書第一の一記載の事実)の論旨について―小林弁護人の控訴趣意書第一点の二の第二、岡林弁護人の控訴趣意書第一の一、二、三、四、被告人山中彬正の控訴趣意書記載の各論旨について
然し記録を精査し、検討するに第一原判決書挙示の証拠、特に原審併合前第六回公判調書中の証人谷脇美樹の供述調書、原審証人谷脇美樹、同坂本道男の各証人尋問調書、検察官作成の中越稔男(昭和二七年一一月七日附)、市川好一(同月八日附)の各供述調書、並びに司法警察員作成の宮城秋夫(同年一〇月二日附)の供述調書によれば右事実は優に肯認し得られる。即ち右証拠によれば谷脇美樹はスイッチ操作により取水門扉を開いて発電機に送水すべくえんてい見張所に入所しようとしたとき被告人山中彬正が同見張所入口に両手を横に張つて入口の柱、及び硝子戸を押えて立塞がり谷脇美樹の入所するのを阻止しようとしたので被告人山中彬正を抱くようにして横にのけ、中に入ろうとしたが被告人山中彬正も谷脇美樹の身体に手をかけ、もみ合いとなり押し合つたが結局谷脇美樹は外に押し出され、数回繰返したが遂に谷脇は目的を達することができず、スイッチ操作を断念せざるを得なかつたことが認められるのであつて、単に受動的、消極的に争議防衛の為谷脇美樹が見張所に入ろうとするのを入口で立塞がつていたのみで積極的物理力の行使はないとの弁護人の主張は認められない。他に記録を精査し、又当審で取調べた証拠を検討するも右認定は左右されない。この点についての論旨は理由がない。
被告人樫谷愿、同渡辺俊一、同西村良夫に対する事実(第一原判決書第二記載の事実)誤認の論旨について―小林弁護人の論旨第一点の三、岡林弁護人の論旨第一、被告人樫谷愿の控訴趣意書記載の論旨について、然し記録を精査し、検討するに第一原判決書挙示の証拠、特に原審の証人川上新一の尋問調書、原審併合前の第三回公判調書中の証人川上新一の供述調書、検察官作成の川上新一(昭和二八年二月九日附)被告人西村良夫(同月三日附)、同樫谷愿(同月五日附)の各供述調書、検察官作成の曾我太一(同年一月二八日附)、筒井豊(同月二九日附)、岩戸開(同日附)、和田時宏(同年二月二日附)伊東起盛(同年一月三一日附)、和田忠(同日附)の各供述調書の抄本によれば被告人樫谷愿、同渡辺俊一、同西村良夫が各第一原判決書第二記載の事実の如く積極的行動をとり、為に川上新一が発電機運転を断念せざるを得なかつたことが充分認め得られ、弁護人主張の如く、ピケ維持の為の単なる説得行為であると認められるが如き受動的、消極的な行動であるとか或は又被告人西村良夫の所為が階段から落ちようとした被告人渡辺俊一を支えようとしたものであるとは到底認められない。当審で取調べた証拠を仔細に検討しても右認定は左右されない。この点についての論旨も理由がない。
小林弁護人の論旨第二点の一、二及び岡林弁護人の論旨第一点について
所論は帰するところ被告人等の行為が原判示事実の如くであつても被告人等の所為は正当な争議行為であるにかかわらず原審は労働組合法第一条第二項但書の暴力の解釈を誤り、又説得に関し社会通念を誤解した結果刑法第三五条を適用しなかつた違法があり延いては憲法第二八条に違反するというのである。
然し憲法第二八条は使用者対被使用者というような関係に立つものの間において経済的弱者の立場にある勤労者の為に団結権、団体交渉その他の団体行動権を保障しているが労働組合の争議行為であるからといつて無条件に違法性が阻却されるものでなく、正当な争議行為にして初めて違法性は阻却されるものであるところ、被告人等は原判示事実の如く電気事業経営者会議との間に労働協約改訂及び賃銀並びに退職金改訂をめぐつて労働争議が発生し、電源職場労務提供拒否ストを行うに際し本件行為に出でたものである。然し乍ら「同盟罷業とは必然的に業務の正常な運営を阻害するものであるがその本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行であつて、その手段、方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであつて、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行、脅迫をもつてこれを妨害するが如き行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧し或はその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されないものである。」ことは最高裁判所諸判例(昭和二七年一〇月二二日大法廷判決、同二五年一一月一五日大法廷判決、同三三年五月二八日大法廷判決、同三三年一二月二五日第一小法廷判決等参照)の示すところであつて、かかる見地よりすれば会社側の操業を阻止する為スイッチを繰作して発電機への送水を遮断し或は発電機の運転を停止した上、谷脇、佐藤、川上等各会社側非組合員に対し同人等がその操業を断念せざるを得なかつたような第一、二原判決書記載の如き各被告人等のとつた積極的有形力の行使は労働争議における労働者の争議手段としての正当な争議行為の範囲を逸脱するものであつて、最早説得行為なる概念をもつて看過されるべきものでなく、従つて刑法第三五条適用の問題も生じない。」又斯く認定しても憲法に保障せられた権利を奪うものでもない。この点についての論旨は理由がない。
小林弁護人の論旨第二点の三、岡林弁護人の論旨第二点について所論は要するに原審は犯意なき行為を罰した違法があるというのである。
然し乍ら第一、二原判決挙示の証拠によれば会社側は非組合員、臨時人夫等を使用して一般需要家に対する被害を最少限度に喰止めんが為発電業務を継続しようとしたのに対し、被告人等はいずれも予定の減電量を確保すべく会社側非組合員の操業せんとするのを阻止せんが為原判決書記載の如き所為に出でたものであることが認められ、仮に被告人等が法律を誤解して自己の行為が争議行為として正当であると誤信し、或は又右会社側の業務が所謂スト破りであり、これを妨害しても違法でないと誤解していたとするも、犯意があるとする為には構成要件に該当する具体的事実を認識すれば足るものであつて、その行為の違法性を認識することを必要としないし、又その違法の認識を欠いだことについて過失の有無は問はないものと解せられる(昭和二六年一一月一五日第一小法廷判決)からこの点についての論旨は理由がない。
小林弁護人の論旨第二点の四、並びに岡林弁護人の論旨第三について
所論は原判決は期待可能性なき行為を罰した違法があるというのである。
即ち被告人等の本件行為は当時一般に実行せられ、被告人等において合法的争議手段と信じていたのみならず、各被告人等は日本電気産業労働組合員として中央本部の指令、所属機関の決議に基き行動したものであつて、指令に従い、決議に服するは組合員として当然の義務であるから、これに従わない道を選ぶことを期待するは不可能であり、従つて被告人等の本件行為については責任を阻却されるべきであるというのであるが、「組合の指令だからといつて無批判的にこれに服従しなければならないものでなく、非合法、非道義的である場合はこれに服従するの必要なく、組合の指令が非合法、非道義的であるか否かは各組合員の良識と判断とに基き、各組合員の責任において行動すべきである」ところ、記録を精査し又当審で取調べた証拠を仔細に検討しても所論のような事情は未だ被告人等の罪責を阻却する事由とは認め難い。この点についての論旨も理由がない。
小林弁護人の論旨第二点の五について
所論は原判決に擬律錯誤の違法があるというのであつて、即ち争議行為は労使いずれのものであつても相手方が対抗し妨害し、侵害し制圧することを法認されているものであるから刑法第二三四条の保護法益たる業務には包含されないと解すべきところ、本件谷脇、佐藤、川上等の各行為は被告人等の争議行為に対する対抗行為即ち争議行為であつて業務でないから同法条の構成要件を欠くこととなり罪とならないということに帰する。
然し労働者の団結権、争議権の行使によつて使用者の業務の正常な運営に支障をきたすことがあつても、それは使用者において受認しなければならないけれども業務を休止すべき義務を負うものでない。即ち使用者においても財産権が保障されている以上右業務の阻害を拱手傍観しなければならないものでなく、争議参加者の力を借りずに自己の業務の運営をはかることができるのは当然であり、本件の場合においても谷脇、佐藤、川上等は会社の命により会社の発電業務を継続する為原判示の如き行為に出でたもので、これが一面その主張の対抗行為に当るからといつてその業務たるの性質に何等の影響を与えるものでなく、これを阻止する為とられた労働者の威力行使の手段が諸般の事情から見て正当な範囲を逸脱すると認められる場合には刑法上の威力業務妨害罪の成立を妨げるものでない。この点についての論旨も理由がない。
以上の如く被告人菅正三郎、同山中彬正、同渡辺俊一、同樫谷愿、同西村良一の各本件控訴はいずれも理由がない。
検察官の被告人山中彬正外六名に対する控訴趣意書の論旨第一点について。
所論は原判決が被告人高橋竜雄、同渡辺俊一に対する公訴事実(昭和二八年三月一六日附起訴状)、同山中彬正、同樫谷愿に対する公訴事実(昭和二八年三月一六日附起訴状)、同式地俊郎、同岡山雅利に対する公訴事実(昭和二八年四月一日附起訴状)について各被告人の所為はいずれも刑法第二三四条の構成要件を備えた形とはなるが被告人等の具体的行動、及び本件ストの特殊事情を綜合すると、これは広義の平和的説得を試みたもので未だ正当性の範囲を逸脱しない争議行為としてなされたものであるから労働組合法第一条第二項、刑法第三五条により罪とならないとして無罪を言渡したのは電源スト戦術に対する重大な事実を誤認し、その誤の上に立つて更に労働組合法第一条第二項、刑法第三五条の解釈適用を誤つた違法があるということに帰する。
よつて記録を精査するに第一原判決が被告人高橋竜雄、同渡辺俊一、同山中彬正、同樫谷愿、同式地俊郎、同岡山雅利等に対する右各公訴事実のうち「会社側就労者の発電業務を操業することを不能ならしめ以て威力を用いてその業務を妨害した」との点を除きその余の客観的事実を証拠に基き認定し、被告人等が会社側から派遣された非組合員や臨時人夫の自由意思を或程度抑圧するに足る勢力を示し、それによつて同人等をして発電機の運転業務の遂行を断念せしめて同人等の右業務を妨害したと判示し乍ら、然し右被告人等の所為は本件ストの特殊事情や、特に暴力の行使もない点等からして広義の平和的説得を試みたものであつて正当な争議行為であり、労働組合法第一条第二項、刑法第三五条により罪とならないと判断して無罪の言渡をしたことは所論のとおりである。
ところで既に前述の如く同盟罷業の本質が労働契約上負担する労働供給義務の不履行という消極的なものであることからして無罪理由中に挙示された証拠により認められる分二第一事件、分一事件、加枝事件において各被告人等がとつた積極的な行為、即ち会社側において被告人等のスト実施後も引続き操業する為発電機は運転停止の操作をすることなく運転状態のままで引継ぐ旨を通告し、運転要員を派遣して待機せしめていたのであるから被告人等の労務提供拒否によりその職場が無人となり人の生命、身体又は施設の損壊等事故発生の危険防止に必要な措置、即ち被告人等のスト実施に伴う危険防止の措置を必要とする事情も認められないのにかかわらず、スイッチを切断して発電機の運転を停止した所為は最早正当な争議行為の範囲を逸脱したものというべきである。そうして斯る措置をとる為に威力を行使し、又はとつた後において会社側が操業を継続しようとするのに対し威力を行使してこれを妨害するが如き行為が諸般の事情から見て正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には刑法上の威力による業務妨害罪が成立するもので労働組合法第一条第二項、刑法第三五条適用の問題は生じないといわねばならない。
然るに第一原判決書の無罪の理由中に挙示されてある証拠により認められる被告人等の各所為はいずれも会社側の管理権を一時排除して発電機の運転を停止し、所定の減電量を確保せんが為多人数が発電機操作盤の前面周囲附近を占拠し会社側の立退要求を無視してスクラムを組み人垣を築いて立塞がり威力を示して会社側運転要員の自由意思を抑圧し、それによつて同人等の発電業務の操業を不能ならしめたもので、そのとつた具体的行為は会社側の人数と組合側の人数の点等からして威力による業務妨害罪の成立することは明らかである。従つて第一原判決が被告人等が会社側から派遣された非組合員や臨時人夫の自由意思を或る程度抑圧するに足る勢力を示しそれによつて同人等をして発電機の運転業務の遂行を断念せしめて同人等の右業務を妨害したと認め乍ら被告人等の所為が正当な争議行為であるとして労働組合法第一条第二項、刑法第三五条を適用して罪とならないと判示したのは争議行為の本質についての解釈を誤り、法令の適用を誤つた違法があり第一原判決はこの点において破棄を免れない。この点についての論旨は理由がある。
検察官の量刑不当の論旨について
然し記録を精査し、検討するに被告人菅正三郎、同西村良夫は電産下部機関の役員として中央本部の指示に基き、労働者としてその労働権に基く労働条件の改善を図る為に行つた本件犯行の動機、態様、被告人等の電産組合における地位等記録に現われた諸般の情状を考慮すれば所論の諸事情を仔細に検討しても原審の量刑はいずれも相当で、特に破棄しなければならない程軽きに失するとは認められない。この点についての論旨は理由がない
なお、被告人山中彬正、同渡辺俊一、同樫谷愿に対する量刑不当の論旨については、前示の如く同被告人等に対する原審の言渡した無罪部分が破棄されることとなり、これは既に有罪の認定を受けた罪と併合罪の関係にあり、同被告人等に対する関係においては原判決全部が破棄されることとなるから特にこの点について判断しない。
よつて被告人菅正三郎、同西村良夫に対する各被告人並びに検察官からの各本件控訴はいずれも刑事訴訟法第三九六条に従い棄却することとし、当審の訴訟費用については同法第一八一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
被告人山中彬正、同樫谷愿、同渡辺俊一、同高橋竜雄、同式地俊郎、同岡山雅利に対しては第一原判決中同被告人等関係部分は刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条に従いこれを破棄し、同法第四〇〇条但書に従い直ちに判決する。
罪となるべき事実
被告人等はいずれも電力供給を業とする四国電力株式会社の従業員で日本電気産業労働組合(以下電産と略称)高知県支部に所属し、被告人高橋竜雄は同支部執行委員長、被告人山中彬正、同式地俊郎はいずれも同支部常任執行委員、被告人樫谷愿は同支部分水分会副執行委員長、被告人渡辺俊一は同支部分水分会執行委員、被告人岡山雅利は同支部仁淀川分会執行委員長であつたが
第一、被告人山中彬正は昭和二七年九月に行われた電産の争議に際し、四国電力分水第四発電所えんていにおける電源職場労務提供拒否ストの指導にあたつていたものであるところ
(一) 同月二四日午前七時一〇分頃右分水第四発電所えんてい見張所において電磁制禦函のスイッチを操作して取水門扉を閉鎖して右発電所への送水を遮断したが、折から発電所の発電業務を操業する為同会社高知支店から派遣されていた同会社高知営業所長谷脇美樹が右スイッチ操作により取水門扉を開いて発電機へ送水すべく右見張所に入場しようとするや、同見張所の入口に両手を横に張つて立塞がり右谷脇の入場を阻止し、なおも同人が被告人山中彬正の腰のあたりに手をかけこれを引き除けて入ろうとするのを被告人山中彬正も谷脇の身体に両手をかけて互に組合い同人を右入口の外へ数歩押し出しておいて入口に戻つて立塞がり、これを繰返すこと数回に及んだ為遂に同人をして右スイッチ操作を断念するの余儀なきに至らしめ以て威力を用いて同人の前記業務を妨害し
(二) 同日午後〇時四五分頃前記谷脇同様右発電所の発電業務を操業する為同支店から派遣されていた同支店電力課長佐藤三代男が取水門扉を開いて発電所に送水すべく右見張所内に入り来り矢庭に前記電磁制禦函の開戸を開け同函内のスイッチの操作をしようとするや、被告人山中彬正同様争議指導の為同日午前九時四〇分頃から右見張所に来ていた相被告人菅正三郎がとつさに佐藤の背後から両手で同人の両肘附近を押えて一時その自由を失わせ、その身体を半ば廻しつつ同人を右制禦函から遠ざけるようにして同人と制禦函の間に割つて入り、右制禦函を背にして立塞がつたが、被告人山中彬正はこれと同時に左手で佐藤の腹部のあたりを押して同じく同人を制禦函から引きはなすようになし、その為同人をして遂に右スイッチ操作を不能ならしめ以て威力を用いて同人の前記業務を妨害し(以上の事実を分四事件と略称する)
第二、昭和二七年一一月電産四国地方本部から指令せられ同月六日実施の争議に際し、
(一) 被告人高橋竜雄は四国電力分水第一発電所における争議行為に関する最高責任者として派遣せられその指揮にあたつていたもの、被告人渡辺俊一は右争議に参加していたものであるが、同日午前八時頃右分水第一発電所に勤務する組合員が争議権の行使として職場における労務提供拒否ストを行うに際し、同発電所配電盤室において、右スト後も発電業務遂行の為同会社高知支店から派遣され会社側の運転要員として待機していた同会社高松本店配電課長岡林末広より被告人高橋竜雄及び同発電所勤務の全組合員に対しスト実施後は会社の意思として自己及び同発電所長倉本秀男、臨時人夫酒井富太郎、川村啓造、川村紀において発電業務を遂行する旨並びにそれが為発電機は運転停止の操作をすることなく運転状態の現状で引継ぐべき旨通告したのにかかわらず、被告人高橋竜雄はこれを拒否すると共に同被告人及び同渡辺俊一は組合員三本栄吉外十数名と意思共通の上、被告人高橋竜雄が総指揮をとり被告人渡辺が指図して右三本栄吉外十数名をして同配電盤室の操作盤の前面附近に互に左右の者と密接して立並ばしめて同操作盤を占拠し、同室に待機中の右岡林及び倉本その他右臨時人夫等が同操作盤のスイッチを操作して発電業務を操業することのできないようにした上、右三本は操作盤の第二号の、組合員大久邦彦は第一号の、同木下明安は第三号のそれぞれのスイッチを操作して同時刻頃第一、二、三号の各発電機の運転を停止させたところ、右岡林が即時同所で被告人高橋竜雄に対し、会社側で運転するから労務不提供に入つた組合員は直ちに配電盤室を退去すべき旨要求し、会社側の手によつて操業しようとしたのであるが、同被告人はこれに対しても「減電量を確保する為会社側で運転する意思がある以上組合側も退去しない」とその要求を拒否し、依然右被告人両名は例外で指導し組合員十数名による人垣を以て同操作盤の前面附近を占拠せしめ右岡林、倉本及び臨時人夫等が前記スイッチを操作して発電業務を操業することを不能ならしめ、以て威力を用いて同人等の業務を妨害し(これを分一事件と略称する)
(二) 被告人山中彬正は四国電力分水第二発電所における争議行為に関する最高責任者として派遣せられその指揮にあたつていたもの、被告人樫谷愿は右争議に関し被告人山中彬正を補佐していたものであるが、同日午前八時頃右分水第二発電所に勤務する組合員が争議権の行使として職場における労務提供拒否ストを行うに際し、同発電所配電盤室において同日同発電所の発電業務を右スト後も引続き操業する為会社側の運転要員として待機していた同発電所長川上新一から被告人山中彬正及び同発電所勤務の全組合員に対しスト実施後は会社の意思として自己及び臨時人夫細川豊水、川村直道において発電業務を遂行する旨並びにそれが為発電機は運転停止の操作をすることなく運転状態の現状で引継ぐべき旨通告したのにかかわらず、被告人山中彬正はこれを拒否すると共に同被告人及被告人樫谷愿は組合員筒井好明外数名と意思共通の上、被告人山中彬正が総指揮をとり会社側の意思を排除して被告人樫谷愿は同配電盤室の操作盤の第二号スイッチを自ら操作し、且第一号スイッチは組合員伊東起盛をして操作せしめて同時刻頃第一、二号の各発電機の運転を停止し、次で被告人樫谷愿が指図して右筒井外七名位をして同操作盤を取り囲ませてこれを占拠し、右川上所長及び臨時人夫等が右発電機の運転を再開始する為スイッチを操作すべく同操作盤に近づくことのできないようにしたので、右川上所長が即時同所において被告人山中彬正に対し自己において運転するから労務不提供に入つた組合員は直ちに配電盤室から退去すべき旨要求し同人等の手によつて操業しようとしたのであるが同被告人はこれに対しても「発電所長が発電機を運転しないと確約しない限り組合員も退去しない」とその要求を拒否し、右川上所長等に発電業務の操業をさせないよう右筒井外九名位の人垣を以て同操業盤の周囲を占拠せしめ、川上所長及び右臨時人夫等が前記スイッチを操作して発電業務を操業することを不能ならしめ、以て威力を用いて同人等の業務を妨害し(これを分二第一事件と略称する)
第三、昭和二七年一二月電産四国地方本部から指令せられ同月二日実施の争議に際し、
(一) 被告人樫谷愿は四国電力分水第二発電所における争議行為の指導にあつていたもの、被告人渡辺俊一は右樫谷愿を補佐して争議行為の指導にあたつていたものであるが
(1) 被告人樫谷愿は同日午前二時五分頃右発電所長川上新一が臨時人夫中村武美、細川豊水及び同会社高知支店から派遣されていた中村則光と共に同発電所の階上配電盤室において右スト中も発電業務を操業する為待機し、且同室内の操作盤のスイッチを確保していたのを見て、同日午前二時三二分頃相被告人西村良夫等に命じて同発電所地階の水車室においてスイッチを操作して二号発電機の運転を停止せしめたところ右川上が右発電機の運転を開始する為水車室に赴こうとして配電盤室の階段を一階発電機室まで駈けおりたので折から同室にいた被告人樫谷愿は矢庭にその前面から両手を拡げてこれを制止し、なおも前進しようとする川上を両手で抱くようにして数歩後方の同階段昇降口横の壁まで押し返し、
更に同日午前四時一〇分頃同発電機室の水車室に至る階段昇降口附近において右川上が前同様の目的で被告人渡辺俊一の指導の下に同所附近に坐り込んでいた組合員十数名の人垣を押し分けて水車室に赴こうとするや、矢庭に同人の左肩を引張つてその前に廻り両手を同人の肩にかけて約二米位後方へ押し返し、その為同人をして右発電機運転を不能ならしめて、以て威力を用いて同人の前記業務を妨害し
(2) 被告人渡辺俊一は同日午前五時三〇分頃右発電機室内の水車室に下る階段附近において右川上が前同様の目的で前記組合員の人垣を押し分けて水車室へ赴こうとするや、とつさに右手を横に張つて階段の手摺をつかんで川上の前進を止め、相被告人西村良夫が横から同人の胸を右腕で抱えて前進を阻止し、次で被告人渡辺俊一は前から川上を後方に押し返し、
更に同日午前九時頃同所においてなおも右川上が前同様の目的で前記人垣を押し分けて水車室へ赴こうとするところを被告人渡辺俊一は前方から川上に組みつき、相被告人西村良夫が被告人渡辺俊一の背後から右川上を押し返し遂に同人をして右発電機運転を不能ならしめ、以て威力を用いて川上の前記業務を妨害し(これを分二第二事件と略称する)
(二) 被告人式地俊郎は四国電力加枝発電所における争議行為に関する最高責任者として派遣されその指導にあたつていたもの、被告人岡山雅利は右争議に関し被告人式地俊郎を補佐していたものであるが被告人両名は共謀の上同日午前八時より右加枝発電所における電源職場労務提供拒否ストを実施するにあたり会社側要員により発電業務を継続遂行せられることを阻止する為同日午前一時頃被告人岡山雅利において同発電所二階配電盤室入口及び同室と発電機室との通路の各扉を配電盤室内部よりロープで縛り、よつて同日午前七時頃同発電所長仲井重明が同発電所に勤務する組合員において同日争議権の行使として職場における労務提供拒否ストを行う模様であることを察知し会社側運転要員として同日同発電所の発電業務を右スト後引続き操業する為同会社土居川発電所から帰所して臨時人夫片岡武豊、同井上実を伴い同発電所二階表側の前記出入口から配電盤室へ入場することを不能ならしめた上、同日午前八時頃同配電盤室の操作盤のスイッチを操作して一号発電機の運転を停止しその後も被告人両名においてこれを確保していたが、同日午前一一時過頃同会社高知支店がら同発電所の発電業務を操業する為派遣されていた同支店次長大本謙一及び同支店高知営業所長谷脇美樹並びに前記仲井発電所長が右配電盤室に入場し操業せんとするや、被告人両名は組合員片岡竜雄外十数名と意思共通の上、被告人式地俊郎が列外で総指揮をとり、被告人岡山雅利及び片岡等十数名が同操作盤の前面に互に左右の者と腕を組み人垣を作つて立塞がり右大本等をして操作盤の前記スイッチの操作をさせないので右大本等がそれぞれその腕組みを解きにかかつたところ、約三〇分に亘つて同被告人等はその腕組みを固くしてこれを拒み、右大本等が前記スイッチを操作して発電業務を操業することを不能ならしめ以て威力を用いて同人等の業務を妨害し(これを加枝事件と略称する)
たものである。
証拠の標目(略)
法令の適用
被告人等の各判示所為はいずれも刑法第二三四条、第二三三条、罰金等臨時措置法第三条、第二条(更に被告人高橋竜雄、同渡辺俊一の判示第二の(一)、及び被告人山中彬正、同樫谷愿の判示第二の(二)並びに被告人式地俊郎、同岡山雅利の判示第三の(二)の各所為については刑法第六〇条)に該当するので所定刑中いずれも罰金刑を選択し、更に被告人山中彬正、同渡辺俊一、同樫谷愿に対しては刑法第四五条前段、第四八条第二項を適用して各主文のとおりの罰金刑に処し、右罰金不完納の場合における労役場留置については刑法第一八条を適用し、原審並びに当審における訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文によつて各被告人に負担させることとする。
なお弁護人の被告人等の本件各所為は正当な争議行為であるから労働組合法第一条第二項、刑法第三五条により違法性を阻却するとの主張については、被告人等の各所為は平和的説得の範囲を逸脱し、威力を行使して会社の命を受け発電業務を継続しようとする会社側非組合員の業務を積極的に妨害したもので正当な争議行為として労働組合法第一条第二項の適用を受けるものでないことは前記説示のとおりであるからこの点についての主張は理由がない。
次に弁護人は(一)被告人等の所為は犯意なき行為である。(二)被告人等の所為は期待可能性ない行為である。(三)本件被告人等の行為により妨害された業務は刑法第二三四条の保護法益たる業務には含まれないとの各主張については前記被告人山中彬正等に対する弁護人の控訴理由の論旨について説示したとおりであつていずれも理由がない。
更に弁護人は本件被告人等の各所為については旧公益事業令第八五条と刑法第二三四条とが法条競合する場合に該当し、旧公益事業令が優先的に適用せられると主張するけれども(本件犯行の日時と旧公益事業令失効の期間との関係は別として)刑法第二三四条の威力業務妨害罪と旧公益事業令第八五条違反の罪とはその構成要件を異にし、殊に本件は威力を行使して業務を妨害した事実が訴因となつているもので旧公益事業令第八五条適用の余地はなく、この点についての主張も理由がない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 谷弓雄 小川豪 松永恒雄)
(訴訟費用負担表略)